東京高等裁判所 昭和26年(ラ)188号 決定 1952年11月29日
抗告人 申立人 田中リン 外一名
訴訟代理人 吉田正一
被抗告人 相手方 家中君子
訴訟代理人 上野美重
主文
原決定を取消し、本件を東京地方裁判所に差戻す。
事実
第一、抗告の要旨。
(甲) 抗告人等の本件申立の原因として主張する事実の要旨
(一)抗告人等先代田中貞治は申立外室田静子から、東京都墨田区江東橋四丁目五十番地の十一宅地九十六坪八合六勺の内四十三坪九合六勺(以下本件土地と略称する)を普通建物所有の目的で賃借し、右地上に木造トタン葺二階建家屋二棟を所有していたところ、同家屋は昭和十九年五月強制疎開により除却せられ、その借地権を喪つた。(二)田中貞治は昭和二十一年十月中室田静子に対して、罹災都市借地借家臨時処理法第九条第二条に基き建物所有の目的で右疎開建物の敷地につき賃借の申出をし(後記(五)の(イ))、右静子は直ちに拒絶の回答をしたけれども、右は正当の事由を欠き、前記貞治は爾後三週間の経過と共に前記土地四十三坪九合六勺につき相当な条件で期間を十年とする借地権を取得した筋合である。(三)前記田中貞治は昭和二十二年六月十八日死亡し、同人の母リン(抗告人)及び同人の妻夫佐子(抗告人)がその相続をして右賃貸借関係を承継した。一方室田静子は昭和二十三年三月十七日、本件土地四十三坪九合六勺を含む墨田区東橋四丁目五十番地の十一の宅地を、申立外下山一男に譲渡し、同人は同年十一月四日更にこれを相手方家中君子に譲渡し、いずれも前同日各その旨の所有権取得登記を経由した。(四)そして本件土地四十三坪九合六勺の土地は、昭和二十一年四月二十五日区劃整理のため戦災復興院告示第十四号を以て緑地帯に指定され(同二十五年三月二日建設省告示第一〇四号を以て緑地解除)昭和二十一年十月一日東京都告示第五〇六号を以て都市計画区劃整理地区に編入を実施せられ同二十三年六月二十二日東京都知事の認可を経て本件土地を含む五十番地の十一宅地九十六坪八合六勺と同番地の十、宅地四十三坪五合一勺は合して東京都第五復興区劃整理事務所第四地区五十番地の十、十一、宅地九十九坪六合一勺に減坪の上換地予定地に指定せられ、そして本件土地四十三坪九合六勺に対する換地予定地は右の内西部三十一坪三合となつた。そこで昭和二十三年八月二十四日抗告人等は更に右下山に対し本件土地又はその換地予定地三十一坪三合につき、建物所有の目的で賃借の申出をした(後記(五)の(ロ))ところ、同人は同年九月三日付書面を以て拒絶の回答をしてきたが、右は正当の理由がないから、抗告人等は爾後三週間の経過と共に前記換地予定地につき前同様借地権を取得したこととなる。(五)前記の如く相手方家中君子は抗告人等が(イ)昭和二十一年十月中の本件土地に対する賃借申出により、又は(ロ)昭和二十三年八月二十四日の本件土地又はその換地予定地に対する賃借申出により、本件土地又はその換地予定地に借地権を取得した後に、本件土地の所有権を取得したものであつて、抗告人等は前記借地権の優先的効力によつて、その登記がなくともこれを相手方家中に対抗し得る筋合である。然るに相手方は右借地権の存在を争い、賃借条件についてその協議が整わないから、抗告人等は第一次に右(イ)の賃借申出を原因とし、予備的に(ロ)の賃借申出を原因として、前記換地予定地三十一坪三合に対する抗告人等の借地権の存在の確認並びにこれが賃借条件を定める裁判を求めるため本申立に及んだ。
(乙) 抗告理由の要旨。
然るに原裁判所は(一)、前記昭和二十一年十月中の賃借申出当時本件土地は緑地帯に指定されていたから、都市計画法第十一条の二及び戦災都市における建築物の制限に関する勅令第一条、第三条の規定によりその土地に建物を築造するにつき許可を要する場合に該当し、右許可なくしてなした右賃借申出を無効であると断じた。しかし前陳の如く本件土地はさきに緑地帯として指定されたが、抗告人等が予備的に主張する昭和二十三年八月二十四日の賃借申出前である昭和二十三年六月二十二日に、従前の土地につき換地予定地が指定せられている(尤も通知はなかつたが、事実上実施せられた)。そして罹災都市借地借家臨時処理法第二条に「換地」とあるのは、特別都市計画法の換地予定地をも含む趣旨であると解すべきは特別都市計画法第十三条、第十四条の換地予定地に関する各項の規定の趣旨からも窺うことができるから、換地予定地についても前記臨時処理法第九条第二条の賃借申出ができる筋合であつて、少くともこの第二次の賃借申出については、前記戦災都市における建築物の制限に関する勅令(後昭和二十四年十一月一日戦災復興院土地区劃整理施行地区内建築制限令と改称)第二条第二号によつて、建築許可を得る要がない。(二)、その他本件賃借申出の拒絶が正当の事由に基くと判断しているが、以上いずれも原裁判所の判断は事実の認定並びに法令の解釈を誤つているから、右決定の取消を求める。
第二、被抗告人(事件相手方)の主張の要旨。
抗告人が本件申立の原因として主張する事実中、抗告人主張の土地につき被抗告人が、申立外下山一男からその所有権を譲受けその所有権取得登記を経由したこと、右土地につき換地予定地の指定があつたことは争わないが、その余の主張事実は知らない。仮りに抗告人主張のような借地の申出があつたとしても、抗告人は本件土地の附近である墨田区江東橋四丁目二十二番地に宅地三十五坪一合六勺、又同区江東橋四丁目三十八番地に宅地十五坪を他人から賃借して、借地権を有していたに拘らず、いずれもこれを第三者に譲渡し、本件土地について賃借申出をなすが如きは、権利の濫用であるし、抗告人等は建物建築の資力を欠き本件賃借申出は自らの建物築造のためのものでないから、各賃借申出の拒絶は正当の事由に基くものである。更に本件土地は区劃整理区域内にあり右賃借申出につき建築許可を得ていないから、適法の要件を欠く。
第三、証拠
抗告人等代理人は、甲第一号証の一、二、第二ないし第四号証を提出し、原審証人水沢正、当審証人平林恒雄の各証言並びに原審(第一、二回)及び当審における抗告人田中夫佐子本人の審問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、被抗告人代理人は乙第一、二号証を提出し、原審証人水沢正の証言並びに原審における被抗告人本人の審問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。
理由
抗告人等が本件申立の原因として主張する(一)ないし(四)の事実(但し各賃借申出拒絶につき正当の事由の有無の点を除く)は、真正に成立したと認められる甲第一号証の一、二、同第二ないし第四号証、当審証人平林恒雄の証言並びに原審(第一、二回)及び当審における抗告人田中夫佐子、原審における被抗告人家中君子の各審問の結果に徴してこれを認める。
次に抗告人等主張の(イ)第一次の昭和二十一年十月中の賃借申出及び(ロ)予備的主張の昭和二十三年八月二十四日の賃借申出に際し、いずれも右土地に建物を築造するについて許可を得ていなかつたことは、抗告人等の主張自体によつて明らかであるところ、右許可を得ないでなした前記各賃借申出の適否につき審按する。
先ず本件従前の土地が昭和二十一年四月二十五日緑地地域に指定され、都市計画として内閣の認可を受けた土地区劃整理区域内にあることは、前認定のとおりであるから、少くとも未だ本件従前の土地につき換地予定地の指定のなかつた前記(イ)の賃借申出をするに当つては都市計画法第十一条の二、同法施行令第十条の二により又昭和二十一年十月九日内閣告示第三十号を以て東京都の区の存する区域が特別都市計画法第一条第三項に基く指定地となつた後は同法第三条、昭和二十一年勅令第三八九号戦災都市における建築物の制限に関する件第三条により右地上に建物を築造するについて地方長官の許可を要し、この許可のない限り右賃借申出は適法の要件を欠くことは論なきところである。
次に(ロ)の賃借申出以前である昭和二十三年六月二十二日に、本件従前の土地の換地予定地が指定せられ、関係者にその旨の通知がなされなかつたが、当時より実施せられていたこと(但し換地処分は未だ効を生じていない。)は当審証人平林恒雄の証言によつて明らかであるが、かような場合、従前の土地について賃借申出をなすべきか、或は換地予定地について賃借申出をなすべきか、又これらの土地について法令上建物築造の許可を得ることが賃借申出の要件であるかどうかは、本件における重要な論点である。罹災都市借地借家臨時処理法第二条は賃借申出の目的たる地土として、罹災建物の敷地(本件の如く第九条によつて準用せられる場合は疎開建物の敷地である旧借地)又はその換地と明定し、換地予定地については明確な規定はないか、換地予定地の指定があつても換地処分が効力を生するまで、所有権、借地権等の権利関係は依然として従前の土地にのみ存しているのであつて、ただその使用収益権能のみが換地予定地に移るに過ぎない(特別都市計画法第十三条、第十四条)。従つて従前の土地に借地権を取得すれば、当然換地予定地をこれと同一内容で使用収益をすることができることとなるのであつて、換地予定地に賃借権を取得するということは法律上無意義なので換地予定地を賃借権の対象たる土地としていないのである。しかし右の如く換地予定地が指定された後でも、換地処分が効力を生ずるまでは従前の土地につき賃借申出をなすべきものと解しても、右賃借申出の有効要件として従前の土地の上に建物を築造するにつき許可を得ることを必要とするかどうかは別に考察せらるべき問題である。特別都市計画法第十四条第一項の規定によれば、換地予定地の指定があり、関係者にその旨の通知があつた日の翌日からは、従前の土地の所有者及び関係者等は換地処分が効力を生するまで換地予定地につき従前の土地に存する権利の内容たる使用収益と同じ使用収益をすることができると同時に、従前の土地についてはその使用収益をすることはできない筋合であるから、この場合従前の土地につき賃借の申出をする者において右地上に建物築造について許可を申請しても、その許可を得られないこと当然であると共に、前記戦災都市における建築物の制限に関する件(昭和二十一年勅令第三八九号)第二条第二号によつて、換地予定地に建物を築造するについては都市計画法上建物築造の許可を要しないと解すべきものである。
尤も右勅令第二条は、同条各号に定める場合を除いては、戦災復興土地区劃整理施行地区内においては建築物の新築、改築又は増築を禁止したに止り、右各号(第二号に換地予定地を掲記してある)に該当する場合には、都市計画法上許可を要せずに建物を築造できる旨を定めた趣旨でないようにも考えられるが、都市計画法施行令第十一条の二に「都市計画法第十一条の二の公園、緑地若くは広場の境域内又は同条の土地区劃整理の区域内において建築物を新築、改築又は増築せんとする者は都道府県知事の許可を受くべし、但し命令を以て許可を要せずと規定したるときはこの限りにあらず」と規定し前記昭和二十一年勅令第三八九号第二条第二号末段に「又は都道府県知事が土地区劃整理の施行上支障がないと認めて指定する区域に建築するもの」とあり、同号において、これと並列的に換地及び換地予定地を列挙している点、並びに元来換地予定地の指定は従前の土地の使用が都市計画事業として施行する土地区劃整理上支障あるため、従前の土地についてその使用収益をなすことを禁止し、そのかわりに換地予定地の全部または一部について従前の土地に存する権利の内容たる使用収益と同じ使用収益をなさしめる(特別都市計画第十四条)にあるから、換地予定地の使用はもとより都市計画事業に基く土地区劃整理の施行上その支障なきものとして指定されるものと解すべきは当然である点等を考慮するときは、前記勅第二条は同令第三条と相俟つて、換地予定地については少くとも都市計画法上その地上に建物を築造するにつき許可を要しないと解すべきである。(尤も他の法令上単に具体的建物を築造するにつき許可を必要とする場合、または法令上その土地に具体的建物を築造することが禁止されている場合、例えば臨時建築制限令第一条、市街地建築物法第二条ないし第四条、同法施行令第一条ないし第三条、同法施行規則第三条の二ないし第三条の五、第三条の七、第百四十条の如き、或は昭和二十五年十一月二十三日以後実施された建築基準法第六条に基く建築主事の確認(乙第二号認証はかかる確認書である)の如き、罹災都市借地借家臨時処理法第二条第一項但書後段の許可に該当しないこと勿論である。)
そして罹災都市借地借家臨時処理法第二条において、賃借申出の対象たる土地につき換地予定地を除外した法意が、前説示のとおりであるとすれば、上来説示の理由により少くとも換地予定地が指定せられた以後換地処分が効力を生ずるまでの間に、従前の土地につき賃借の申出をする場合には、換地予定地については勿論従前の土地についても、これら地土に建物を築造するについての許可の有無は右賃借申出の有効条件でないと解しなければならぬ。もしこれを積極に解せんか、前説示のとおり換地予定地指定後は従前の土地に建物築造の許可を得られないため、前記臨時処理法第二条の賃借の申出をなすに由なき結果となり、同条が換地処分が効力を生じた後即ち換地についても賃借申出を認めた法意に、著しく背致するからである。
これを本件につきみるに、抗告人等の前記(ロ)の昭和二十三年八月二十四日の賃借申出は、従前の土地につき当時既に指定せられた換地予定地をも指示してなされたものであること、前顕甲第一号証の一により明らかで、右賃借申出にあたり、従前の土地ないしその換地予定地に建物築造につき許可を得ていなかつたにしても、右申出はこの点に関する限り適法であること言を俟たない。なお抗告人等は一面換地予定地についても賃借申出ができ、これによつて換地予定地に借地権を設定し得るが如く主張するが、この法律見解は失当であつて、従前の土地についての賃借申出により借地権が設定される結果、換地予定地にこれと同一内容の使用収益権能が移るものと解すべきこと、前説示のとおりであるから、本件借地権設定も従前の土地について求むべきものであるが、その申立の趣旨において同一に帰するから、裁判所において右見解によつて従前の土地について、借地権設定の有無に関し裁判することは差支のないことである。
してみると、抗告人主張の(イ)の昭和二十一年十月中の賃借申出が、借地借家臨時処理法第二条第一項但書後段の許可のなかつたことを理由にこれを無効と解した原決定は正当であるが、(ロ)の昭和二十三年八月二十四日(換地予定地指定後)の賃借申出(この賃借申出のことは原決定には判示されていないが、念のためかかる賃借申出をしたことについては本件申立書に記載されている)の効力の有無につき特に判示するところなく、単に本件賃借申出を前示理由により無効と解した原決定は、この点につき審理不尽ないし理由不備の廉あるを免れない。
また原決定は、仮りに本件賃借申出が無効でないとしても(イ)の昭和二十一年十月中の賃借申出人である田中貞治(抗告人等の被相続人)は、本件土地上に建物を築造するに足りる資産も信用も有していなかつた事実を認定して、かかる者の賃借申出に対する土地所有者の拒絶は正当の事由に基く旨判示するも、(ロ)の昭和二十三年八月二十四日の申立人等の賃借申出に対する土地所有者の拒絶が正当事由に基くか否かは別箇の問題であつて、この点についてもなお審理を要すべきものあるを免れない。そして若し本件(ロ)の賃借申出によつて本件当事者間に本件土地につき賃貸借が成立するとすれば、更に進んで右賃借条件を定める裁判をなすことを要する筋合であるから、原決定を取消し本件を原裁判所に差戻すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)